カサンドラ症候群で別居…。孤独な子育ては心を回復させる近道に。

カサンドラ症候群だとわかって別居して4年目になりました。

親も頼れず、孤独な子育てを続けていますが、息子とふたりでいることで、「絶対に寝込めない」という気持ちが私の心を回復させているのです。

現在、同居されている方にとって、「別居したらどうなるの?」という不安がいちばん大きいと思います。

カサンドラ症候群だと分かった直後の別居…。ひとりで子育てして、生きることだけでせいいっぱいでしたが、何もかも楽しかった1年目のことを振り返りながら、書いてみます。

 

カサンドラ症候群で寝たきり寸前のところから…。

少し動いたら疲れる、本当に寝たきり寸前のところから別居を決めて引っ越しました。

精神的に不安定なのにも関わらず、新しい家の床のサイズを測ってじゅうたんを買ったり、電器屋さんへ行ったり、家具の配置を考えたり…。

地元に帰ってきたにも関わらず、誰にも息子を預けることができないため、同い年の子どもがいる友達について来てもらって、一緒に遊んでもらいながらの買い物でした。

まずは引っ越しと子育ての両立

「片づけられない家」からの引っ越しだったのですが、状況が状況なだけに、必要なものも不要なものもほとんど引っ越し荷物に詰め込みました。

新しい家でいらないものは捨てたりリサイクルショップに持って行ったり…。

私自身が車に乗れないので、友達にいっぱい助けてもらいました。

新しい食器や家具を少しだけ買い足しただけで、前の家のものがほとんど残されています。

ただ、「私と息子のものだけ」になったことで、何十年も捨てられずに使われているサビだらけのお菓子の缶や鉛筆削りがリビングに置かれていないだけで、私の気持ちは穏やかになりました。

息子さんも「カサンドラ症候群」じゃないかな?

実は、別居を決めたのは、市の人権相談に行った時でした。

担当の課長さんに、単身赴任ということにして生計を別にしながら、別居して20年になるカサンドラ症候群の方がいることを教えてもらいました。

「これから増える家族の形だと思う」とも教えてもらいました。

何度か相談に通っていたのですが、ある日、「息子さんも『カサンドラ症候群』じゃないかな?」と言われたのです。

朝が苦痛になってしまっている私と一緒に暮らしているので、子どもとは言え、うつになっていてもおかしくはない状態でした。

突然、大声で泣きだしたり、「疲れた」が口癖の私と一緒に暮らしているのです。

奇声を上げたり、イヤイヤが激しくこだわりも強く、私には思い出せないほどに辛いイヤイヤ期でした。

ただ、今、3年前の写真を振り返って見ていると、ほとんど笑っている写真はなく…。

引っ越し後にダンボールに囲まれて、掃除機を乗り回している写真が、心から笑っている顔に見えるのです。

その写真を見るたび、私自身がそこで久しぶりに笑ったのだろうなぁと実感するのです…。

 




何もかも、息子と「ふたり」でした。

息子の病気があるため、何をするにも誰にも預けられず…。

本来ならば近くに住む母に預けるべきなのですが、カサンドラ症候群によくある、母娘が逆転しているため、一緒に暮らすと私の身体が持たないと判断し、少し距離を置いて暮らしています。

そんなこんなで、完全にふたりっきりの暮らしが幼稚園入園まで続きました。

その幼稚園の入園も息子の病気のことを考えて、1年間遅らせたので、本当に最近まで、息子とふたりっきりでいました。

ゴミ捨てに行くにも、母の通院に付き添うにも、息子を連れて行っていました。

今も入院中の母ですが、何かあるたび「旦那がしっかりしてくれてたら、私はここにいてないのに…」と旦那を恨みたくなります。

ただね、母親である以上、できれば息子の父親を恨むことだけはしたくないと思うのです。

「食べること」の喜び

別居して1年目は、とにかく「食べること」が楽しすぎて…。

最初の半年間で8キロ太るという快挙を成し遂げてしまいました!(笑)

好きなものを好きなだけ

それまで、おかずの品数も、ごはんの量も、決められていました。

おかずは私が作って盛り付けるので調整できるのですが、ごはんは「1回1合」と決められていたのです。

夫婦ふたりならばどうにかなる量ですが、息子が生まれてからもその量は変化なく、私のごはんが減らされていました。

ちょっと多めに何か食べると「食べすぎ!」と言われていたのです。

思いっきり授乳中だったので、もちろん隠れて食べましたが…。

生協や宅食の冷凍保存できるものや、箱でストックできるお菓子などを愛用して、おなかがすいたらいつでも食べられるようにしていました。

 

唯一の楽しみと言っていいぐらい、毎週楽しみにしていました。

豚肉がパックされてすぐのものが来たり、納豆やお豆腐もふわふわで美味しいんです。

 

別居後は「もう夜中に隠れて食べなくていい」と思うだけで、毎日が楽しくて、野菜祭りでした!!

15年間、ほとんど同じドレッシングしか使ったことがなかったので、世の中のドレッシングの進化が嬉しくて!!

「野菜の食べ過ぎでこんなに太るんや!」と驚くほど、美味しいドレッシングを見つけてはサラダばかり食べていたのが1年目でした…(笑)

 

息子もたくさん食べるように…

モリモリ食べる私を見れば見るほど、息子もたくさん食べるようになり始めました。

当時、納豆とコロッケしか食べなかったのが、チキンナゲットと野菜スープを愛するようになったぐらいの変化でしたが…(笑)

成長曲線の低身長ギリギリを走っていたのが、平均よりちょっと下ぐらいをウロウロするようになりました。

5歳になった今、まだ小さい方ですが、私とほぼ同量食べる時もあるぐらいなので、安心しています。

いっぱいケンカしました

「子どもとふたり暮らしになる=ケンカすると出口はない」…。

冗談ではなく、本気です(笑)

幼いころは特にですが、絶対に譲らないので夜中3時ごろまで泣いている時もありました。

テーマは「10本の指にトーマスのばんそうこうを貼りたい!」なのですが…(笑)

他にも、看護師さんにつけてもらった指の包帯を「ファッションです!」と外さなかったり、お風呂上りでも靴下を絶対に脱がなかったり…。

他の人は怒らずにそれを見て笑いますよね…。それが嬉しくて毎日つけていたので、いつかやめさせるために、そうせざるを得ないテーマにぶつかることは多々ありました。

カサンドラ症候群以上に逃げ場もなく、毎日が真剣勝負だったということだけは、真実です(笑)

ただ、旦那がいるとそこでかぶせて怒って大騒ぎになるか、かばいまくってワケがわからない方向に進んでしまっていたのが、ふたりで真剣勝負できたことは、今思えば、壮絶でしたが有意義でした。




目の周りの筋肉の緊張がほぐれつつありました

テレビで発達障害をお持ちの方のご家族を見ていると、目の動きが固まっている人をよく見ます。

私もそうだったのですが、絶えず緊張しているので、眼球の周りの筋肉が固まってしまうのです。

全身の筋緊張・こわばり

結婚10か月目に首に激痛が走って、仕事を辞めました…。

当時「パニック障害と極度の筋緊張」と言われ、睡眠薬と筋弛緩のお薬を約8年間飲んでいました。

ところがたびたび言われていたのが「パニック障害でない可能性がある」と…。

まだアスペルガー症候群が言われる前の話だったので、仕方ないのですが、その頃から原因不明だと言われていました。

 

ところが、カサンドラ症候群だと気づいた時から、全身の緊張がほぐれ始め…。

夜中寝ていると、舌の付け根が回っている気がしてびっくりして飛び起きていました。

口を開くとおかしくなっていた首周りの筋肉が突然音を立てて元の場所に戻る気がしたり、肩で固まっている筋肉が、どんどん動いてきたり…。

これこそ誰にもわかってもらえない部分なのですが、よくこれだけ固まっていたと感心するほど、ガチガチに固まっていたのです。

最初に目の下が柔らかくなりはじめました

まず初めに、目の下から頬骨の下あたりにかけての重くなり…。頬骨を左右に揺すると筋肉がほぐれるのがわかりました。

とにかく目の周りの筋肉が重くて眠くて、何日も目を開けるのが辛い日が続いたのですが、育児中なので必死で開けていました。

そんな時に出会ったのが、疲労感を軽減するイミダペプチドでした。最初は朝晩1本ずつ飲み始め、少しずつ減らして1年ほど飲み続けていると、絶望的な疲労感を感じなくなりました。

 

夫の大きすぎる生活音が原因でした

すべてにおいて音が大きくて、今、とっても静かに暮らせていることで回復している部分が大きいと思います。

眠れないほどのイビキや寝返り、ワードローブや引き出しを閉める音、トイレの扉を閉める時の音など、何もかも大きくて、新婚当初、怖かったのを覚えています。

それが15年間積み重なっての筋緊張だったので、別居4年目の今もまだほぐれています。

筋肉のコリがほぐれると眠いらしいのですが、これを誰かに説明しようとすると、誰もわかってくれないので、「いつも疲れてボーっとしてるママ」ぐらいの評価になっていると思います。

いちばんややこしい人間関係が旦那なので、おそらく他の人間関係は見えていないのですが、きっと、そんな感じです(笑)

 

カサンドラ症候群から回復するまで

カサンドラ症候群から回復するのは、アスペルガーの配偶者またはパートナーと距離を置いてから約3年と言われています。

ただ、子育て中の場合は自立するまでに時間がかかるため、回復は大幅に遅れるような気がします。

正直に言いますが、自分のことなんて考えている時間がありません。

ただ、「どうしたら回復できるか?」という道をひたすら探すだけなのだと思います。

私自身、専門知識はありませんが、回復のためのお手伝いや方法の提案などができたら嬉しいと思っています。

今後、交流できる場所も作りたいと考えていますが、なかなか増えませんが、まずはもう少し記事を増やしたいので、もうしばらくお待ちいただけると嬉しいです。




 

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